森のコラム
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平成三十年ごろの秩父地方の古いお話

昔々、奥深い秩父地方に耕作放棄地がありました。
都から来た若者がせっせと耕作放棄地を耕していました。
耕作放棄地の周りに3つの家族が住んでいました。
ある家の人が休日に草刈り機は喧しいから止めてくれと言われ、青年は止めました。ある日、別の家の人から午前中は止めてくれと言われ、青年は耕すことを止めました。別のある日、残りの家から午後は騒音の出る草刈り機は止めてくれと言われました。みんなに迷惑が掛かるので青年はその耕作放棄地を放棄しました。その年は雨と日照りが絶妙で耕作放棄地は瞬く間に生い茂り、イノシシ、鹿が大喜びです。困った3つの家族は仲良く草刈りをして耕作放棄地は今では沢山の作物が実るようになりました。目出度し目出度し。

百年の森のものがたり(2)
レストランからの招待状
池田 恵津子
 突然の手紙をお許し下さい。
わたくしは、森のレストランで支配人をしております。こちらに参りましてかれこれ百年ほどになります。
このレストランは町からずいぶんと離れておりますし、お馴染みのお客様のためだけに営業しております。それで、ご存知ないかたのほうが多いようでございます。

今年は春風がやわらかく仕上がりまして、森のそちこちに置いてみましたところ、カエデの若い葉がことのほか艶やかになっております。さっそくお馴染みのお客様がたに案内のハガキをお出ししました。それから、二、三日過ぎたころでございましたか、一通の手紙が届いたのでございます。
 手紙は、この森からさらに山をいくつか越えたところにある、深い谷にお住まいのお客様からでした。虹を作る会社の社長をなさっている方でございます。
なんでも、今年の雨はいつにないほど汚れていて、いつものような虹がまだ出来上がっていないようです。
 いつもいつも虹の届く日を楽しみにお待ちになっているあなた様を、とても気に掛けておいでです。お詫びに、私どものレストランへご招待したい、とのことでございました。

あなた様は、花の香りがお好みだそうでございますね。レストランの入り口にたっぷりそろえておきましょう。
落ち葉のカーペットは、どのお客様にも喜んでいただいております。足の疲れを吸い込んでしまいますので、あなた様にもきっと気に入っていただけることと思います。
レース模様のような木漏れ日が、店いっぱいに広がっております。光の糸には光の粒を飾っております。
風は、川のせせらぎにミズキの香りを織り込んでおりますので、ゆったりとした気分に浸っていただけることでございましょう。

テーブルにお着きになりましたら、女王蜂のジュースはいかがでございましょう。そうそう、あなた様は温かい飲物がお好みでございましたね。
ご安心くださいませ。妖精のシロップでいれた紅茶を、ご用意させていただきます。
そして、頬がほんのりなさいましたら、山の鳥と谷川の魚をたっぷり使った木霊のフルコース料理をお召し上がりください。当店のシェフは、森の料理を作ったら世界一の腕前でございます。きっと、ご満足をいただけることでしょう。

森は、すこし早めに夜のカーテンを閉めさせていただきます。西のベランダにオレンジ色の明かりが灯りましたら、お帰りの時間でございます。お土産には、虹の会社の社長からお預かりしている、虹のしおりをお持ちください。
森の入り口までは、木の枝たちがお見送りをさせていただきますので、ご安心くださいませ。


さあ、あなた様をお迎えする準備は、すべて整いました。
森のもの一同、心よりお待ち申し上げております。




2012224日 H.Tさんからのお便り

服あふれ
靴あふれ
籠にパンあふれ
足るを知らざる 国となり果つ

富小路禎子の歌が突き刺さってきます。
埼玉で親子3人が餓死の報。先月も厳寒札幌のアパートで、姉と障害をもった妹の姉妹が餓死。
共に、電気、ガスを止められ、冷蔵庫には何も無い。この一年で明らかになった我が国の餓死者が数十人を超えたのだとか。
不条理が未消化のままで、次第に五体に積もっていくようなニュースが届きます。
そんな鬱屈を引き摺る日々に、「星の生まれる秩父の森」から、「星の滴」が届きました。
ありがとうございました。
早速帰宅し、家人と共に頂きました。イロハモミジの樹液は、ほのかに甘く、そして微かな重さを感じさせる、不思議な味覚でした。
まずはそのままで。次に水割で。そして1時間ほど煮詰めて。
翌日は会社の仲間達にも振る舞いました。
日本でもカエデの樹液が採れること、生まれて初めて口にする味に、私同様に皆感激しています。
身を縛り付ける冬の秩父の山で、何年にも亘って調査し研究し続けてこられた皆さんの労苦に感謝です。

 

百年の森のものがたり
星の生まれる夜に
池田 恵津子

寒い夜です。
街のはずれの道を、ずんずん、ずんずん進んで行くと森があります。
森の木も寒いのでしょう。
リスもキツネも寒いでしょう。
誰もいない、何も聞こえない。みんな眠っているようです。

森の入り口から細い道がのびています。そっとそっと進んでいくと、小さな家があります。小さな窓から灯りが見えています。

おじいさんはパジャマに着替える手をとめて、耳を澄ませています。
「おばあさん、星が生まれたようだ」
お茶を飲んでいるおばあさんにいいました。おばあさんは少し驚いて、でもうれしそうに言いました。
「ま、それは良かった。このところ、どうしたことか星が生まれてくれませんでしたからね」

遠くて暗い夜の空で星は生まれます。生まれたばかりの星は、雲のなかに入ってきれいに磨きます。そのときに、星からしずくがひとつ、ふたつと落ちてきます。
そのしずくのかすかな光を待って、枝を思い切りのばします。そして、しずくを受け取るとしーんしんと歌います。
しずくの沁み込んだ木は幸せに育つからです。

「おや、また聞こえる。今夜は星がたくさん生まれるぞ。あしたは忙しくなりそうだ」
おじいさんは窓に耳を寄せて、うれしそうに言います。

朝になれば、太陽が森を照らします。星のしずくを受けた木は、特別に抱きしめてもらえるのです。そうして、幹の中の幸せがふえていきます。
いつも、おじいさんは木に頬ずりをしてから、幸せを分けてほしいとお祈りをします。すると木はちょっとカラダを揺らせ、おじいさんのカップは幸せの水でいっぱいになっているのです。

「おじいさん、あしたはお弁当を作りますからね。さあ、もう休みましょう」
小さな家の小さな灯りが消えました。
誰もいない森の中には、しーんしんという木の歌だけが響いています。