第2回 ~音楽は森を生かす~
2010.10.24   秩父市立第一中学校
Believe、チェンバロと歌う
Progra・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
はじめの言葉
1 主催者あいさつ・・・・・・・・・・・・・・・島崎武重郎(NPO 法人秩父百年の森 理事長)
2 校長先生あいさつ・・・・・・・・・・・・・・伊古田孝志(秩父市立第一中学校 校長)
3 来賓あいさつ・・・・・・・・・・・・・・・・久保忠太郎(秩父市教育委員会 教育長)
第1 部 講演と演奏「音楽は森を生かす」
講演 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・横田誠三氏
● チェンバロって何?(チェンバロの歴史と仕組み)
● チェンバロを作る
演奏 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・横田まゆみ氏
● J.H.フィオッコ "アダージョ"
● G.F.ヘンデル "主題と変奏"
第2 部 「森を語ろう」シンポジウム~森の木から作る~
● 清川徳好氏(秩父市大滝林業家・元旧大滝村助役)
● 江野久雄氏(江野工務所代表・一級建築士)
質疑応答(中学生から・参加者から)
休憩 「チェンバロを見よう・触れよう」
自由にチェンバロをご覧ください。
第3 部 チェンバロと秩父一中コーラス部との協奏
曲 目:"Believe(ビリーブ)"
指 揮:印東公民(秩父市立第一中学校 教諭)
終わりの言葉・・・・・・・・・・・・・・・・・大嶋洋一(秩父市立第一中学校協力会 会長

チェンバロの製作者であり、埼玉県内にお住まいの横田誠三氏をお招きし、『音楽は森を生かす』と題して、木を活かすことの大切さや楽しさ、そして難しさについてお話していただきます。500年の歴史をもつチェンバロ1台には、10 種類以上の様々な木が使われています。果たして、日本や秩父の森で育った木から、すてきな音色を奏でる楽器をつくることができるでしょうか。私たちは、そんな森を育てていくことができるでしょうか。チェッバロの興味深いお話から、そんなことも考えてみたいと思います。
<チェンバロの歴史>
♪♪♪♪♪♪ (演奏)
フィオッコ作曲のアダージョ。フィオッコという作曲家の名前を聞いたことがある人はいますかヴァイオリンを習った人はひょっとしたら知っているかもしれませんが、今から250 年以上前1750 年頃に活躍した音楽家です。チェンバロの話をするには歴史の話をしないといけません。歴史の嫌いな人がいるかもしれませんが、ちょっと我慢してください。1750 年頃というと日本は江戸時代です。チェンバロはその頃のヨーロッパの楽器で、王侯貴族に大変愛されました。見るからに王侯貴族の楽器ですね。蓋には油絵で風景画が描いてあります。私はチェンバロを一人で作っていますが、絵だけは友達の絵描きさんに描いてもらっています。なかなか綺麗な絵ですね。その時代には、このような絵を描くのがひとつの流行でした。アルカディアといいますが、昔のヨーロッパの人が考えた古代の桃源郷の絵が描いてあります。チェンバロの話をするときは、装飾のスタイルとか様式、そういったものが重要になってきますが、このチェンバロはロココ様式、1800 年の少し前に愛されたスタイルです。みなさんの家にはピアノはあるけどチェンバロはない。どうしてでしょうか。それはチェンバロという楽器は、今から200年くらい前に一度滅んだ楽器だからです。
18 世紀の末、フランス革命などヨーロッパが革命の渦に巻き込まれますね。それ以前は王侯貴族の時代でしたが、その後は市民の時代になります。王侯貴族と一緒にチェンバロは滅んでしまいました。そして、例えば博物館の中に、あるいは屋根裏部屋に、あるいは寒い冬には憎い王侯貴族が使ったものとして暖炉の中に入れられてしまった楽器もたくさんあった。
そうやって滅んでしまった楽器が、今なぜここにあるのでしょうか。今から50 年くらい前から皆さんの知っているバッハやそれより以前の古い音楽を新たに研究したい、聞いてみたいという「古楽」の活動が盛んになりましたが、その先陣を切ってチェンバロという楽器が復興されました。博物館に残っていた楽器をいろいろ調べて新しく作ったのです。博物館はそういう図面を出版してくれますからね。
今聞いていただいたフィオッコは、チェンバロが滅びる直前、1750 年頃にフランダース、今のベルギーやオランダあたりですが、その辺りで活躍した音楽家です。この楽器はその時代のフランダースのスタイル、様式の楽器なのです。チェンバロが作られはじめたのは、更にそれより300 年以上も前、だいたい1400 年頃からチェンバロという楽器は使われていたのです。そのころのチェンバロはどんな楽器だったかというと…。いま私が手に持っているような小さい楽器、オッタヴィーノ・アルピコルドといいますが、このようにシンプルなものがチェンバロの最初の形だったと思っていただいていいと思います。こうして縦に見るとハープの形がはいっていますね。チェンバロのことを英語ではハープシーコードといいますが、ハープが入っていますね。この楽器は1オクターブ高い音がしますからオッタヴィーノとか、あるいはスピネットと呼ばれています。当時はどうもアルピコルドと呼ばれていたらしい。それでは、このかわいい楽器どんな音が出るか聴いてください。曲はちょっと時代が下がりますが、ルネッサンス時代のイギリス、シェイクスピア、エリザベス一世、そういった人たちが活躍していた時代に、ファーナビーという人が書いた、スパニョレッタという曲です。
♪♪♪♪♪♪
この可愛らしい楽器が、250 年くらいかかってこういう大きい楽器に発展していくわけです。ルネッサンス音楽の時代からバロック音楽の時代までです。この後はどうなるかというと、実はチェンバロは滅んでピアノの時代になってしまいます。ピアノの原型はチェンバロが滅びる前から出てきていますが、決定的だったのはモーツアルトです。1750年にはバッハが死に、1756 年にモーツアルトが生まれます。バッハの死をもってバロック音楽の最後ということに音楽史ではなっています。その直後、ベートーベンが生まれるのは1770 年ですから、そのわずか20 年後です。そこの前後でチェンバロは下り坂になってピアノが台頭してきます。少年モーツルトはチェンバロを弾いていましたが、青年モーツアルトはピアノに夢中になった。そうしてチェンバロは音楽の表舞台からどんどん駆逐されていなくなってしまったわけです。
<チェンバロの仕組み・用材>
チェンバロはピアノの先祖です。でも音が全然違いますよね。その秘密を次に探ってみましょう。ピアノは、皆さんご存知のようにフェルトのハンマーで弦を叩いて音を出しています。チェンバロは、これがジャックという部品ですが、これが鍵盤の奥にのっかっているのです。鍵盤を押すと持ち上がって、鍵盤を離すと下がる。赤く見えているのがダンパーです。これで弦の振動を止めるわけですね。その下の黒くて小さいものが付いているでしょ。それがプレクトラム、弦をはじく爪です。これが何でできているかというと、昔は鳥の羽軸を使ったんです。これでないとなかなか良い音がでないといって、今でも使いますが、この楽器のものはプラスチックです。ジャックが持ち上がってプレクトラムが弦をはじくと、ジャックが下に戻ってくるときもう一回弦をはじいてしまいますね。そうすると楽器になりませんからちょっと後ろに逃げるようになっています。そのしかけに使われているバネは、昔は何を使っていたかというと、イノシシの毛です。高級なヘヤーブラシを持っている人は、それがイノシシの毛です。ジャック本体は、いよいよ木ですね。この本体は上下にスライドしますから、ざらざらした木ではいけない。梨の木を使います。西洋梨、ペアウッドです。それはスベスベだからです。林檎の木も似た感じです。このペロペロと動くところをタングといいますが、ここにぎゅっと鳥の羽軸を押し込んでとめてありますから、弱い木だとプチッと割れてしまう。割れては困りますので、ここは特別な木を使います。何だと思いますか。皆さんも知っています。ヒイラギです。あれは本当に割れない。他の木だとプチッと割れますけどね。ヨーロッパではヒイラギの木をホリーと言いますが、昔は手作りの小さな機械では硬い木というとよくホリーを使うんですね。僕が知っているのでは、スイスの時計のメーカーが歯車を磨きあげる最後の段階でホリーの木をつかって歯車を研磨調整しているところを見たことがあります。チェンバロをさっきご覧になった人は、二段鍵盤になっているのに気がつかれたと思います。二段鍵盤がどうなっているのか説明したいと思います。
♪♪♪♪♪♪ 下鍵盤を弾く
♪♪♪♪♪♪ 上鍵盤を弾く
上鍵盤がちょっと軽くて明るい音がしたのがわかりますか。下鍵盤がちょっとメゾフォルテだとしたら、上鍵盤がメゾピアノくらいですか。この違いが音楽では重要です。上下の鍵盤は別々の音をもっていますが、上鍵盤を奥に押し込むと、下鍵盤を弾いたときに上鍵盤が連動します。
♪♪♪♪♪♪
二倍になりますね。今度は、フォルテになりましたよね。下鍵盤にはもうひとつ別の音があるんです。こんな音です。
♪♪♪♪♪♪
これはさっきより1オクターブ高い音で、これを4 フィートといいます。これをさっきの音とミックスします。
♪♪♪♪♪♪
とまぁ、こんなような楽器なんです。素敵でしょ。さきほどのジャックがこちらの大きな楽器には183 本、こちらの小さな楽器には47 本入っています。
さて、チェンバロにはどんな木が使われているのかもう少し見ていきましょう。まずこのアルピコード、上から見える弦が張ってあるところが響板です。ここはヴァイオリンなどと一緒で、3mm くらいしか厚みがない。そこに弦が張ってあるから音が響くわけですね。響板は針葉樹、松とか杉の仲間、その針葉樹の中でも楽器用材としては最高級のドイツフィヒテという木です。英語で言うとスプルース、日本語で言うとトウヒという木です。
鍵盤は黄色く見えますね。これはツゲの木です。また皆さんと関係ある、そうツゲの櫛ですね。硬くてスベスベしているからこういうところに使うのに向いているのです。黒鍵は黒檀というアフリカやインドでしかとれない木です。
とても貴重な木で今はワシントン条約で保護されていて使えなくなっている。それからこのアルピコードの胴体。やはり黄色っぽいですが、この木はサイプレスあるいはツィープレスといいますが、日本語でいうと糸杉。糸杉というと皆さんがまず思い浮かぶのはゴッホの絵ですね。あの蝋燭みたいにひゅーっと立っている糸杉です。ヨーロッパでは昔から糸杉をこういうことに使っていたのですね。日本でいうとカヤノキが近いです。匂いをかいでみるととっても良い匂いがします。
こちらの大きな楽器の方は全体がペイントで塗りつぶしてありますから何の木でできているか見てもわからないと思います。音を聞いてもわかるものではないですけど、シナノキ。ヨーロッパの言葉ではライム、あるいはリンデンです。響板の上には弦が張ってあって、弦を持ち上げていますね。馬みたいに持ち上げているのでこれを駒と言いますがフランス語でシュヴァレ、馬、英語だとブリッジ、橋になっちゃいますね。ヴァイオリンの駒もブリッジといいますね。駒はカエデです
チェンバロの場合はこんなに大きいものですから、こんなに大きいカエデの板から切り出して作ります。ヴァイオリンの駒だったらこのくらいの小さな木でできますが、ヴァイオリンはなかなかいろいろとうるさい楽器で、硬くて緻密な特別なカエデじゃないとダメなのですね。チェンバロの胴体には、シナノキの他にホプラとか、様式によって違うのですがクルミの木とか、ナラの木とか、そういう木も使います。これらの木はいわゆる家具材といわれるものですが、特別に大きな木でないと作れません。たとえば、チェンバロのここからここまで大きく曲がっている部分は2m近く、幅も30cm くらいありますね。曲げるのはこうやって台にギューっと締めつけて、布で濡らしながらアイロンでジュージュー熱して曲げていくのです。ですからもしここに節があったらバキンと折れちゃいますし、それから目切れといって、木は繊維がありますが、流れて途切れていると簡単にめげちゃう。ですからとっても素直な良い木じゃないと綺麗に曲がらないのです。こちらの大きい方のチェンバロには、ピアノと似た配色の鍵盤がついています。黒いところは黒檀ですが、白いところは何だと思いますか。今のピアノは、アクリル樹脂、プラスチック使っています。ちょっと前のピアノは高級品だと象牙を使っていました。もちろん今はワシントン条約でそんなもの使っちゃいけないってことになっています。この楽器は、1750年頃の楽器は、象牙はまだそんなに使ってなかった。牛の骨を使っていました。牛の骨って、肋骨とか頭蓋骨とかは使いませんよ。4本脚の太い骨。一頭に8 本太い骨がありますね。骨っていうのは、話が木からはなれますが、丸っこい三角の断面をしていて、中はからっぽなのです。固い油が詰まっている。両端にはこう拳骨がついています。この拳骨のところは使えない。三角形の筒みたいなところから何枚くらいとれると思いますか。2 枚です。三角形しているのだけど、一面は腱か筋の通る穴があって使えないのです。だから、2 枚しか取れない。それで4本の脚で16枚とれるかな、うまくいくとね。まぁそんなわけで、この楽器には白い鍵盤が72個ですから、牛何頭分でしょうか。昔からそういう自然素材を上手に使ってきた。アクリルの鍵盤ですと濡れてくると滑りますよね。それから、ちょっとふくと傷だらけになっちゃう。なかなか弱いものです。象牙の鍵盤は、300年前の楽器でも磨り減ってはいますが、そのままです。そしてやっぱり手触りがいいですね。木と同じで指に親和性があります。滑りにくいし、かといって吸い付いちゃわないし、そういう良さがあるのです。まぁ自然素材の良さを最大限に生かしてその頃から使っていた。私たちがこのチェンバロを復活するときにも200 年、300 年前のものを先生にして、博物館などの資料を見て作っています。なるべく現代的な素材を使わないですむ昔のやり方でやっています。<チェンバロを作る>
私たちのふだん身の回りにある品物、例えば自動車、洗濯機、椅子、そういうものは昔のものと大きな違いがあります。それらは大量生産によってつくられた、大量生産だからこそできるものです。例えば自動車一台特別注文しようと思ったら何十億ってものになっちゃうでしょ。それがわずか100万円とか200万円で買えるわけですね。iPodだって1台作ろうと思ったら何億円かかるかわかりません。そんなものが2000円とかで買えますよね。現代の品物は大掛かりで大量に加工する。そのためには規格化する、例えばどのネジをもってきてもサイズがあいます。そいうふうに規格化して精密な細工をする。組み立てるときも、分業化して流れ作業で組み立てる。そういう生産のためにいろいろな工夫があります。ですから「木」のようなばらつきのある素材は使いにくい。なるべく均一で規格化された素材や部品を使って品物が作られている。プラスチックはその典型になりますが、今鍵盤の話でもしたように、プラスチックにもいろいろな弱点があります。意外と弱わかったりします。昔の楽器を作り上げている素材、木材やカラスの羽の軸、イノシシの毛や牛の骨、そういう自然素材というのは不均一です。均一ではありません。木はどう不均一なのかといえば、まず今見てきたようにいろんな樹種を使っています。樹種によって、本当に重たくて持ち上がらないような木もあれば、バルサのように軽くて柔らかい木もあります。そういう不均一さです。またヒノキならヒノキでも谷筋で育った木と尾根筋で育った木とでは性質が全然違います。秩父の人はそういうことをよくご存知だと思いますが、この谷でとれたから、どこの峰でとれたからこれはいくらくらいだ、というくらい質が違うわけです。要するに一本一本の固体によって違いがあります。不均一です。それから他にもこんな不均一さがあります。同じ一本の木でも、根元の方のと上の方の質とで全然違います。それは、元とか末、元玉、二番木などという言い方をしますがずっと上の方へ行くと節だらけで使えないですよね。下の方へ行くともうこんな形に開いちゃって使えない。そういう不均一さがあります。それからこの話はまた後で触れることになりますけど異方性という、方向によって性質が違うということが重要なことです。木は成長して、繊維がこういう風に通っていますね。たとえばこの木で厚さ1cmの板を作れと言って、このように1cmに輪切りにする人はいないですよね。輪切りにすると簡単にパキって折れてしまいます。長さ方向にとっても、柾目にとるか板目にとるかいう二通りの大きな違いがあります。ですから同じ木でも異方性があるから、どのように使うかによって、用途によって板目にとるか、柾目にとるかという問題がでてきます。他にも節、虫食い、割れなどという不均一。「わぁ、節があったね」って言うと材木屋のオヤジさんが「節がなきゃ木は育たないんだよ」と言われますが、節は枝の出た後ですから、それがないと葉っぱがつかないですよね。だから節は、ぼくらにとっては本当に困り物ですけど、木にとっては節がなきゃ育てない。まぁそんなものなのです。そのような大量生産に向かない性質を木は持っていて、例えばお寺を建てたり、芸術的な物を制作したりする時は、それほど障害にならないかもしれませんが、チェンバロのように機械のような物を作るときにはある意味とても困った性質です。しかしながら、いろんな種類の木があるから、いろんな性質の木があるから適材適所で使うことによって、選んで使うことができますからとても役に立つ。
現代の品物は大量生産、昔の品物はいろいろ苦労して一品ずつ制作していたようなお話をしてきましたが、事実たしかにそうなのですが、チェンバロという楽器は実はその昔に「量産」されていたのです。17世紀のアントワープにリュッカースという有名なチェンバロ製作家の一族がいまして、チェンバロを「大量生産」しました。僕の場合は、絵を除いて、一人で仕事をしていますからだいたい平均すると1 年に2 台くらい作ります。それでもいろいろなモーターのついた木工機械もあるので早いのですよ。昔でしたらそういう作業もみんな手でしますから大変だったでしょう。ところがそのリュッカース工房では、だいたい月に四台くらいのペースでチェンバロをつくっていた。素晴らしい速さです。もちろん部品によっては外の工房で外注でやって、当てはめたりするわけですけども。単純な、今お話したような現代的な量産ではないのです。現代的な大量生産は数値化規格化することによってはじまる。ところが木を使って大量生産をするということは、そういうわけにはいかない。そこには今では忘れられがちなさまざまな知恵が盛り込まれています。まぁ、当たり前といえば当たり前のことですけれども、「現物合わせ」というのはとても重要なコツなのです。図面描いて寸法でやりたくなりますが、木がそれを許してくれない。実際作ると削る度に木は曲がってきますね。そういうのをなだめすかしてゴマカシてやる。このジャックは四角い穴にぴっちり納まっています。上下に滑らかに動くためには緩くないといけないけれどガタガタじゃ困ります。それでどうしたらいいか。もちろん、現物合わせでなるべく丁度いい大きさにカンナややすりで調整します。もう一つ知恵があります。胴体をテーパーに少し先細りにしておけば、この位置ではぴっちりしていますが、動いたときにはゆるくなります。要するに必要なところではキュッとなりますが、必要のないところではスッと抜ける感じ。テーパーにすることによって、手で作るには平行に作るよりははるかに作りやすい。こちらは狭くても、ある程度いいかげんでいいわけです。その程度の精度で済むように設計しますし、木は湿気を吸っていますから、それくらいの精度しか必要としないのが実際です。よく「髪の毛一本の正確さ」などといわれますが、髪の毛を測ってみるとだいたい0.mm くらいはあります。薄い紙一枚ですと0.15mm から0.2mm くらいです。一方、手カンナでどのくらいの寸法の精度を得られるかというと、カンナで削っていくと20 回くらいでは1mm も減らない。20 回で1mm だとしても一回あたりは0.05mm。腕のたつ大工さんになると、カンナかけコンクールでたしか3ミクロンくらい、つまり0.003mm のこんなに大きなカンナくずを大きな板から削れるのです。木を使う知恵や技術は日本にもとってもいいものが沢山あります。でもヨーロッパには大量生産的に、また機械を作るという意味での木を使う技術があり、これは尊敬しないといけない素晴らしい技術です。ヨーロッパでも一時期忘れられつつあったようですが、今またしっかりと復活しています。ヨーロッパの博物館には200 年、300 年前の楽器が残っていますが、木はそんなにも長持ちするものです。日本の法隆寺は1500年経ちますが、こういう楽器でも300年くらい平気でもちます。ただし30年くらいすると…この楽器はもう20 年近くも経っていますが、だいぶ汚れてきましたね。そろそろ、こう、見飽きてきたから最近の流行の模様にそろそろ塗り替えよう、そうしようそうしようと、楽器を塗り替えるわけです。そのとき「ああ、ちょっと虫喰っちゃったねぇ」「じゃあここ埋めとこうか」そういう修理がすごくしやすい。その辺も木材のもっている良さになります。こういうものは現代的な大量生産に慣れた視点ばっかりでは許されないことになってしまいます。いろいろな知恵をつかって、昔のものとなるべく同じように作ってみることによって、現代的な物作りと違う面白さを日々感じながら仕事をしています。チェンバロを作る楽しさはいろいろありますが、なんといっても200 年も前の音楽をその頃と同じ音で聞けるのです。ほんとに全く同じかどうかわかりませんが。近代的な大きなオーケストラの響きとは全然違いますし、あるいは電気楽器でウィンウィンウィンやるような素晴らしい音楽とも違います。好きなときに好きに聞けるiPod とも全然違います。昔の音楽を昔の生の音で聞く。そういう楽しさがチェンバロを作って一番嬉しいことですね。もう一曲チェンバロの演奏を聴いて頂いて終わりにしたいと思います。聴いていただく曲はヘンデル。みなさん合唱部だからハレルヤは歌ったことがあるかもしれないですね。ヘンデルの組曲の中から一曲聴いて頂きます。「調子の良い鍛冶屋」というニックネームのついている曲です。プレリュードをつけて5分くらいの曲にまとめてあります。ヘンデルの“主題と変奏”を聴いていただいて、おしまいにしたいと思います。どうもありがとうございました。